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最高裁判所第二小法廷 昭和32年(オ)435号 判決

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人原田武彦の上告理由第一点について。

論旨一、二、三及び五の所論は、いずれも、原判決が適法にした証拠の取捨判断、事実の認定を争うに帰するものであつて、採用できない。

次に、論旨四及び六は、上告人において本件家屋二階南側六畳二室を明渡すときは旅館業法施行細則六条所定の客室面積に不足を来たし旅館営業を廃止しなければならないに拘らず、原判決はこの事情を看過した違法があるというに帰着する。しかし、原判決は適法に、「上告人犬飼せいは、本件家屋二階部分の外之に接続する二階家屋建坪二六坪九合外二階二一坪、隣家階上の居室二間を使用して旅館及び飲食店を兼営しているが、旅館業の共同営業者である妹たまにおいて中村区弥宣町に料理旅館業向きの二階建建坪二八坪の家屋を所有しており、これをも一体として前記旅館業のために使用できる」旨の事実認定をしているのであつて、かかる前提のもとに、本件家屋南側二室の明渡は上告人の旅館営業廃絶を余儀なからしめるものではないと判断したものであることが窺われる。所論は、これと異る前提に立脚して右判断の不当を主張するものであるから、採用し難い。

同第二点について。

原判決が、所論鑑定の結果だけに依拠して本件家屋南側二室の損害額算定及び北側二室の相当賃料の判定を行い、所論のような土地家屋価格の高騰率、租税その他の負担の増加率、近隣家屋の値上の比率、国民生活必需物資の物価指数の百分比等を確定判示しなかつたからといつて、これを違法ということを得ない。論旨は理由がない。

上告代理人大道寺和雄の上告理由第一点について。

論旨は、原判決は被上告人が本訴において不法占有を原因とする損害賠償の請求の後、予備的に賃料増額の請求をなしたのに対し右賃料を請求前に遡及して支払を命じた違法があるというにある。

しかし、本件家屋二階部分の賃料について賃借人たる上告人と本件家屋譲受人たる被上告人との間に何ら合意の存しなかつたことは、原判決の確定するところであり、しかも、被上告人は昭和二七年七月一六日の第一審口頭弁論期日に原判示昭和二七年六月一一日付請求趣旨等補充申立書に基き原判示の如き請求の趣旨訂正を行うにあたり、前記二階部分の賃料は未確定なるにつき本訴において裁判所の確定を求めるものなる旨陳述していることが記録上(同上書第六項。記録九三丁参照。)明らかであつて、その後再度金額の訂正は行われたが賃料確定の請求を撤回した形跡は認められない(昭和三二年一月一六日原審口頭弁論における被上告人の釈明参照。)。

そして、賃貸借の目的たる家屋の一部が譲渡され、借家法一条一項により賃借人と譲受人間に右一部につき賃貸借がその効力を生じたに拘らず、当事者の合意等により賃料が確定しない場合には、当事者の請求により裁判所がこれを定め得るものと解するのが相当であるのみならず、この場合裁判所は、右賃貸借がその効力を生じた後口頭弁論終結に至るまでの間に賃料決定の標準たるべき事情に変更があるときには、賃貸借効力発生当時から右事情変更までの賃料は賃貸借発生当時の諸般の事情によりこれを定め、事情変更後の賃料は変更した事情をも参酌して異別にこれを定むべく、その際当事者から相手方に対する賃料増減の請求があることは必要でないと解すべきである。

されば、原審が被上告人の請求を以て賃料増額請求と解したのは失当であるけれども、本件建物二階部分の賃貸借が本件当事者間に効力を生じた後における右二階北側六畳二室の賃料を、賃料統制額の変更等の事情を参酌して確定した上、これに基いて被上告人の賃料請求を認容したのは結局において相当なるに帰するから、本論旨は採用し得ない。

同第二点について。

原判決確定の事実関係のもとでは、本件家屋二階南側六畳二室につき賃貸借契約の正当事由があるとした原審の判断は相当である。(仮りに、(1)所論の証言が本件家屋二階四室の使用状況に関するにすぎないとしても、これと原判示の他の諸事情をそう合すれば優に前示正当事由を認めるに足りるから、右証言の判断に、原判決の結果に影響を及ぼすことの明らかな違法があるとはいい難い。その余の所論は、すべて、原判決が適法にした証拠の取捨判断、事実の認定を争い、或は原判示にそわない事実又は原審において主張立証のない事実に基き原審の正当な判断を攻撃するに帰するものである。)論旨は理由がない。

よつて、民訴三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤田八郎 裁判官 池田克 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一 裁判官 山田作之助)

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